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神風や五十鈴の川の宮柱
幾千代すめと立ちはじめけん

歌の意味
五十鈴川のほとりの宮柱は、幾千代も神が住み、川が澄み続けよと願って、立ちはじめたのであろうか。
鑑賞
巻第十九 神祇歌 1882

詞書「入道前関白家百首歌詠み侍りけるに」
 伊勢の大神宮にかかわる一連の十二首目である。五十鈴川のほとりの宮柱は、幾千代も神が住み、川が澄み続けよと立ちはじめたのであろうか、と詠む歌である。詞書によれば、入道前関白の家で百首歌を詠んだときの歌である。社殿の始まりに思いを致し、神の御代の永続を言祝いでいる。
 作者の「皇太后宮大夫俊成」は、藤原俊成である。藤原定家の父で、『千載和歌集』を撰んだ。
 入道前関白は、出家した前の関白で、九条兼実を指す。この百首歌は、兼実が右大臣であったころに催したものである。
 なお本文の結句は「立ちはじめけん」とあり、読み仮名の行の「たてはじめけむ」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。

 初句「神風や」は伊勢の神域を示す初句で、本巻の第千八百七十一首、第千八百七十四首、第千八百七十六首と同じである。
 二句「五十鈴の川の」は、内宮を流れる五十鈴川である。
 三句「宮柱」は、神殿の柱である。本巻の第千八百七十七首の初句「宮柱」を受ける。
 四句「幾千代すめと」の「すめ」は、神が「住め」と、川が「澄め」とを掛ける掛詞である。幾千代にもわたる永続を願う。
 結句「立ちはじめけん」は、立ちはじめたのであろうか、の意である。過去推量の助動詞「けん」で、社殿の起源を推し量る。

すむ:神が「住む」意と、川が「澄む」意を掛ける
みやばしら:神殿の柱
にふだう:出家した人
作者
藤原俊成
出典
新古今和歌集
前の歌
立ち返りまたも見まくのほしきかな 御裳濯川の瀬々の白波
次の歌
神風や玉串の葉をとりかざし 内外の宮に君をこそ祈れ