- 歌の意味
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五十鈴川のほとりでは、空はまだその時でもないのに秋の声がするのか。下つ岩根に根を張る松を吹く夕風よ。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1885
詞書「社頭納涼といふことを」
伊勢の大神宮にかかわる一連の十五首目で、伊勢を詠む歌の最後である。五十鈴川のほとりで、岩根の松を吹く夕風に、まだ早いのに秋の声を聞く思いがすると詠む歌である。詞書によれば、「社頭納涼」、社前で涼をとることを題に詠んだ歌である。神域の夕風の涼しさを、早くも訪れた秋の気配としてとらえている。
作者の大中臣明親は、伊勢の大神宮の祭主を世襲した大中臣氏の人である。
初句「五十鈴川」は、内宮を流れる川である。本巻の第千八百八十二首の「五十鈴の川」と同じ川を詠む。
二句「空やまだきに」は、空はまだその時でもないのに、の意である。係助詞「や」で疑問を含む。
三句「秋の声」は、秋の訪れを告げる音で、体言で切れる三句切れである。
四句「下つ岩根の」は、地の底の岩盤の、の意である。本巻の第千八百七十七首の「下つ岩根に」と語を共有する。
結句「松の夕風」は、松を吹く夕べの風で、体言止めである。松風の音を三句の「秋の声」として聞いている。
まだき:まだその時期にならないうち
なふりやう:涼をとること。納涼と書く
しやとう:神社の社殿のあたり。社頭と書く
- 作者
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大中臣明親
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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神風や山田の原の榊葉に 心のしめをかけぬ日ぞなき
- 次の歌
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ちはやぶる香椎の宮のあや杉は 神のみそぎに立てるなりけり