石川の瀬見の小川の清ければ
月も流れを尋ねてぞすむ
- 歌の意味
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石川の瀬見の小川が清らかなので、月もその流れを尋ねて来て、澄んだ光を宿していることだ。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1894
詞書「鴨社歌合とて人々詠み侍りけるに、月を」
賀茂社を詠む一連の七首目である。石川の瀬見の小川が清らかなので、月もその流れを尋ねて来て澄み、宿っていると詠む歌である。詞書によれば、鴨社の歌合で人々が歌を詠んだとき、月を題に詠んだ歌である。清らかな川に月が宿るさまに、神域の清浄さを重ねている。
作者の鴨長明は、下鴨社の禰宜鴨長継の子で、随筆『方丈記』の作者として知られる。
瀬見の小川は賀茂川の異名とされる。長明の歌論書『無名抄』には、この名が当時あまり知られておらず歌合で難じられたが、のちにこの歌が『新古今和歌集』に採られたことを長明が喜んだと記されている。
なお本文の初句は「石川の」とあり、読み仮名の行の「いしかはや」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「石川の」は、石の多い川の、の意で、瀬見の小川を形容する。
二句「瀬見の小川の」は、賀茂川の異名である。
三句「清ければ」は、清らかなので、の意である。已然形に「ば」が付いて理由を表す。
四句「月も流れを」は、月もその流れを、の意である。
結句「尋ねてぞすむ」の「すむ」は、月が「澄む」と、月が「住む」すなわち宿るとを掛ける掛詞である。係助詞「ぞ」を連体形「すむ」で結ぶ係り結びである。前歌の水の神への祈りに続き、賀茂の川の清らかさを詠む。
すむ:月が「澄む」意と、「住む」意を掛ける
せみのをがは:賀茂川の異名
ねぎ:神職の一つ。禰宜と書く
- 作者
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鴨長明
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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大御田のうるおふばかりせきかけて 井堰に落とせ川上の神
- 次の歌
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万代を祈りぞかくる木綿襷 春日の山の峰の嵐に