覚めぬれば思ひ合はせて音をぞ泣く
心つくしの古の夢
- 歌の意味
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夢から覚めてしまうと、思い合わせて声をあげて泣くことだ。心を尽くした、筑紫でのあの昔の夢を。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1905
詞書「北野に詠みて奉りける」
北野天満宮に奉った歌である。夢から覚めて思い合わせると声をあげて泣いてしまう、心を尽くした筑紫での昔の夢を思って、と詠む歌である。詞書によれば、北野に詠んで奉った歌である。筑紫に流された菅原道真の悲運を思いやり、その心に寄り添っている。
原文には作者名が記されておらず、前歌の作者の慈円に続く歌として扱う。
北野は、菅原道真を天満天神として祀る京都の北野天満宮を指す。道真は大宰府に左遷され、その地で没した。
初句「覚めぬれば」は、夢から覚めてしまうと、の意である。完了の助動詞「ぬ」の已然形「ぬれ」に「ば」が付く。
二句「思ひ合はせて」は、夢と現実とを照らし合わせて、の意である。
三句「音をぞ泣く」は、声をあげて泣く、の意で、係助詞「ぞ」を連体形「泣く」で結ぶ係り結びである。ここで切れる三句切れである。
四句「心つくしの」の「つくし」は、心を「尽くし」と、道真の流された「筑紫」とを掛ける掛詞である。
結句「古の夢」は、遠い昔の夢で、体言止めである。道真の筑紫での日々を、はかない夢としていう。本巻の第千八百五十三首の天満天神の歌が筑紫の安楽寺の梅を詠んだのと、筑紫の道真を思う点で呼応する。
つくし:心を「尽くし」の意と、九州の古称の「筑紫」を掛ける
ね:声、泣き声
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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もろ人の願ひをみつの浜風に 心涼しき四手の音かな
- 次の歌
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咲きにほふ花のけしきを見るからに 神の心ぞそらに知らるる