熊野川下す早瀬のみなれ棹
さすがみなれぬ波の通ひ路
- 歌の意味
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熊野川を下る早瀬で水に馴れた棹をさすけれども、さすがに見慣れない波の通い路であることよ。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1908
詞書「新宮に詣づとて、熊野川にて」
熊野を詠む一連の三首目である。熊野川の早瀬を下る舟の、水に馴れた棹をさしても、さすがに見慣れない波の通い路だと詠む歌である。詞書によれば、新宮に参るため熊野川を舟で下ったときの歌である。急流を下る舟旅の珍しさと緊張を、同じ音を重ねる技巧で表している。
原文には作者名が記されておらず、前歌の作者の後鳥羽院に続く歌として扱う。
熊野川は本宮から新宮へと流れる川で、参詣者は本宮から新宮へ舟でこの川を下った。
初句「熊野川」は、本宮から新宮へ流れる川である。
二句「下す早瀬の」は、舟を下す流れの速い瀬の、の意である。
三句「みなれ棹」は、水に馴れた棹、の意である。四句の「みなれぬ」と同じ音を重ねて響き合わせる。
四句「さすがみなれぬ」の「さすが」は、棹を「さす」と、そうはいってもの意の「さすが」とを掛ける掛詞である。「みなれぬ」は見慣れない、の意である。水に馴れた棹と、見慣れない波とを、同じ音で対比する。
結句「波の通ひ路」は、舟の行き来する波の上の道で、体言止めである。前歌の険しい山道の参詣から、本歌は川を下る舟の参詣へと移る。
みなれざを:水に馴れた舟の棹
さすが:棹を「さす」意と、そうはいってもの意の「さすが」を掛ける
かよひぢ:行き来する道
- 作者
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後鳥羽院
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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岩にむす苔踏みならすみ熊野の 山のかひある行く末もがな
- 次の歌
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立ち上る塩屋の煙浦風に なびくを神の心ともがな