- 歌の意味
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立ち上る塩屋の煙が浦風になびくのを、神が私たちの願いを受け入れてくださる御心のしるしと思いたいものだ。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1909
詞書「白河院熊野に詣で給へりける御供の人々、塩屋の王子にて歌詠み侍りけるに」
熊野を詠む一連の四首目である。立ち上る塩屋の煙が浦風になびくさまを、神が願いを聞き入れる御心と思いたいと詠む歌である。詞書によれば、白河院の熊野参詣に供をした人々が、塩屋の王子で歌を詠んだときの歌である。塩を焼く煙が風になびく景に、神の心のなびきを重ねて願っている。
作者の「徳大寺左大臣」は藤原実能である。藤原公実の子で、左大臣に至り、徳大寺家の祖となった。
王子は熊野への参詣道に点在する熊野権現の分社で、塩屋の王子は紀伊国の海辺にある王子の一つである。
初句「立ち上る」は、立ちのぼる、の意である。
二句「塩屋の煙」は、塩を焼く小屋から立つ煙である。王子の名の「塩屋」を景として詠み込む。
三句「浦風に」は、海辺を吹く風に、の意である。
四句「なびくを神の」は、なびくのを神の、の意である。煙が風になびくさまに、神が願いを受け入れるさまを重ねる。
結句「心ともがな」は、御心と思いたいものだ、の意で、願望の終助詞「もがな」で結ぶ。前歌の「行く末もがな」と、「もがな」で結ぶ形を共有する。本巻の第千八百九十六首の「神の心やなびくらん」と、神の心が「なびく」と詠む点で通う。
しほや:海水を煮て塩を作る小屋
わうじ:熊野への参詣道に点在する熊野権現の分社。王子と書く
うらかぜ:海辺を吹く風
- 作者
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藤原実能
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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熊野川下す早瀬のみなれ棹 さすがみなれぬ波の通ひ路
- 次の歌
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岩代の神は知るらん知るべせよ 頼む憂き世の夢の行く末