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蘆そよぐ潮瀬の浪のいつまでか
うき世の中にうかびわたらん

歌の意味
蘆がそよぐ潮瀬の波のように、いつまで私はこのつらい世の中に浮かび漂って過ごすのだろうか。
鑑賞
巻第二十 釈教歌 1919

詞書「難波の御津寺にて蘆の葉のそよぐを聞きて」
 神仏の示現と高僧の歌を集めた巻頭部の一連の四首目である。蘆をそよがせて寄せる潮瀬の波に自らを重ね、いつまでつらいこの世に漂い続けるのかと嘆く歌である。詞書によれば、難波の御津寺で蘆の葉がそよぐ音を聞いて詠んだ歌である。
 波間に浮かぶ定めなさに、迷いの世を離れられない身の嘆きを託し、出離を願う心を表している。
 作者の「行基菩薩」は、奈良時代の僧である。諸国をめぐって橋や池、道を造りながら民衆を教化し、聖武天皇の東大寺大仏造立に協力して大僧正に任じられた。菩薩は、その徳を尊んだ人々による呼び名である。
 難波は現在の大阪市一帯の古名で、蘆の生い茂る水辺として詠まれる。御津は難波の港を指す。

 初句「蘆そよぐ」は、難波の水辺に生える蘆が風にそよぐさまで、詞書の「蘆の葉のそよぐを聞きて」を受ける。
 二句「潮瀬の浪の」は、潮の流れる瀬に立つ波で、ここまでが自らの身のたとえとなる。
 三句「いつまでか」は、係助詞「か」で、いつまでなのかと問いかける。
 四句「うき世の中に」の「うき」は、つらいの意の「憂き」と、波に「浮き」を掛ける掛詞である。巻頭の二首に続き「世の中」の語が現れる。
 結句「うかびわたらん」は、係助詞「か」を受けて連体形「らん」で結ぶ係り結びである。「浪」「浮き」「うかぶ」「わたる」は縁語で、水の上を漂い続ける身の定めなさを表す。

しほせ:潮の流れる瀬
うきよ:つらいこの世の意の「憂き世」と、波に浮く意の「浮き」を掛ける
わたる:ある状態のまま時を過ごし続ける
作者
行基
出典
新古今和歌集
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山深く年ふる我もあるものを いづちか月の出でてゆくらん
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