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阿耨多羅三藐三菩提の仏たち
わが立つ杣に冥加あらせたまへ

歌の意味
この上ない正しい悟りを開かれた仏たちよ、私が入り立つこの杣山に、目に見えないご加護をお与えください。
鑑賞
巻第二十 釈教歌 1920

詞書「比叡山中堂建立の時」
 神仏の示現と高僧の歌を集めた巻頭部の一連の五首目である。無上の悟りを得た仏たちに向かって、自らが開こうとする比叡山に加護を与えたまえと祈る歌である。詞書によれば、比叡山の根本中堂を建立した時の歌である。
 梵語の経文をそのまま初句と二句に据えた破格の歌で、一山を開く者の祈りの厳粛さが表れている。
 作者の「伝教大師」は最澄である。平安時代初期の僧で、唐に渡って天台の教えを学び、日本の天台宗を開いて比叡山延暦寺の基を築いた。伝教大師は、没後に朝廷から贈られた称号である。
 根本中堂は延暦寺の中心となる堂で、最澄が延暦七年(788)に建てた一乗止観院に始まる。
 この歌の「わが立つ杣」は、慈円の「おほけなくうき世の民におほふかなわが立つ杣に墨染の袖」(『千載和歌集』、『小倉百人一首』)に受け継がれ、比叡山を指す言葉として定着した。

 初句「阿耨多羅」は、梵語の音をそのまま写した語で始まる、きわめて異例の初句である。
 二句「三藐三菩提の」は初句と一続きで、「阿耨多羅三藐三菩提」は無上正等正覚、すなわち仏の最上の悟りを意味する。字余りとなっている。
 三句「仏たち」は、悟りを得た諸仏への呼びかけで、三句切れである。
 四句「わが立つ杣に」の「杣」は、材木を切り出す山で、ここでは自らが入り立って堂を建てる比叡山を指す。
 結句「冥加あらせたまへ」は、目に見えない加護を与えてくださいと願う命令形で、字余りである。次歌の結句「我をみそなへ」と、神仏への呼びかけと祈りの形を共有している。

あのくたらさんみやくさんぼだい:仏の悟りのうち最上の、完全な悟り
そま:材木を切り出す山。杣山
みやうが:神仏が人知れず与える加護
作者
最澄
出典
新古今和歌集
前の歌
蘆そよぐ潮瀬の浪のいつまでか うき世の中にうかびわたらん
次の歌
法の舟さして行く身ぞもろもろの 神も仏も我をみそなへ