法の舟さして行く身ぞもろもろの
神も仏も我をみそなへ
- 歌の意味
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仏法を求める舟に棹さして、唐を目指して行く身である。もろもろの神も仏も、どうか私をご覧になってお守りください。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1921
詞書「入唐の時の歌」
神仏の示現と高僧の歌を集めた巻頭部の一連の六首目である。仏法を求めて海を渡る自らを法の舟に乗る身とし、あらゆる神仏に見守りを願う歌である。詞書によれば、唐に渡る時に詠んだ歌である。
命がけの渡海に臨む求法の決意と、神仏の加護にすがる切実な祈りが表れている。
作者の「智証大師」は円珍である。平安時代前期の天台宗の僧で、仁寿三年(853)に唐に渡って密教などを学び、帰国後に延暦寺の座主となった。智証大師は、没後に朝廷から贈られた称号である。
初句「法の舟」は、仏法を、人を彼岸へ渡す舟にたとえた語である。実際に唐へ渡る舟の意も重なっている。
二句「さして行く身ぞ」の「さして」は、棹をさす意と、唐を目指す意を掛ける掛詞である。係助詞「ぞ」で強めて言い切り、二句切れとなる。
三句「もろもろの」は、あらゆるの意で、次の「神も仏も」にかかる。
四句「神も仏も」は、仏だけでなく神々にも加護を求めるもので、渡海の無事を広く祈る心を示す。
結句「我をみそなへ」は、「見る」の尊敬語「みそなふ」の命令形で、私をご覧になってお守りくださいと願う。前歌の結句「冥加あらせたまへ」と同じく、神仏への呼びかけの祈りで結ばれている。
のりのふね:仏法を、人を彼岸へ渡す舟にたとえた語
さす:棹を水底に突き立てて舟を進める意と、目指す意を掛ける
みそなふ:「見る」の尊敬語。御覧になる
- 作者
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円珍
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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阿耨多羅三藐三菩提の仏たち わが立つ杣に冥加あらせたまへ
- 次の歌
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しるべある時にだにゆけ極楽の 道にまどへる世の中の人