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濁りなき亀井の水をむすびあげて
心の塵をすすぎつるかな

歌の意味
濁りのない亀井の水を手ですくい上げて、心の塵をすっかり洗い清めたことだ。
鑑賞
巻第二十 釈教歌 1926

詞書「天王寺の亀井の水を御覧じて」
 霊場と法会にちなむ歌の一連の一首目である。濁りのない亀井の水を手ですくい、心の塵を洗い清めたと詠む歌である。詞書によれば、天王寺の亀井の水を御覧になって詠んだ歌である。
 霊水の清らかさに触れて、心の煩悩が洗い流されたという、参詣の喜びと信仰の心が表れている。
 作者の「上東門院」は藤原彰子である。藤原道長の娘で、一条天皇の中宮となり、後一条天皇と後朱雀天皇の母となった。
 天王寺は摂津国の四天王寺(現在の大阪市天王寺区)で、聖徳太子の創建と伝えられる。亀井の水は、境内の亀井堂に湧く霊水である。

 初句「濁りなき」は、水の清らかさを示すとともに、煩悩の濁りのない仏の世界を思わせる。
 二句「亀井の水を」は、天王寺の霊水を名指し、参詣の場を示す。
 三句「むすびあげて」は、両手を合わせて水をすくい上げる意で、字余りである。
 四句「心の塵を」は、心に積もった煩悩を塵にたとえる。初句の「濁り」と対応し、水の清さが心の清さへと転じる。
 結句「すすぎつるかな」は、完了の助動詞「つ」と詠嘆の「かな」で、すっかり洗い清めたことだと感動をこめて結ぶ。「濁り」「水」「むすぶ」「すすぐ」は縁語である。次歌の作者は父の藤原道長で、父娘の歌が並べられている。

むすぶ:手のひらを合わせて水をすくう
すすぐ:水で洗い清める
作者
藤原彰子
出典
新古今和歌集
前の歌
我だにもまづ極楽にむまなれば 知るも知らぬもみな迎へてん
次の歌
わたつ海の底より来つるほどもなく この身ながらに身をぞ極むる