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奥山にひとり憂き世はさとりにき
常なき色を風にながめて

歌の意味
奥山にひとり住み、この憂き世のことは悟ってしまった。風に散る移ろいやすい色を眺めて。
鑑賞
巻第二十 釈教歌 1935

詞書「家に百首歌よみ侍りける時、十界の心をよみ侍りけるに、縁覚の心を」
 経文の句や教えの心を詠む一連の二首目である。奥山にひとり住み、風に散る移ろいやすい色を眺めて、憂き世の無常を悟ったと詠む歌である。詞書によれば、自邸で百首歌を詠んだ際に十界の趣意を詠み、その中で縁覚の心を詠んだ歌である。
 師に就かず、自然の移ろいを縁としてひとり悟る縁覚の境地を、山深く住む者の姿として描いている。
 作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。関白九条兼実の子で、摂政、太政大臣に至った。『新古今和歌集』の仮名序を執筆した。
 十界は、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、仏の十の境界である。縁覚は独覚ともいい、師によらず、花が散り葉が落ちるなどの外の縁によってひとり悟る者をいう。

 初句「奥山に」は、人里を離れた山の奥で、縁覚がひとり修行する場を示す。
 二句「ひとり憂き世は」の「ひとり」は、師にも仲間にもよらず独りで悟る縁覚の本質を表す語である。
 三句「さとりにき」は、完了の「ぬ」と過去の「き」で、すでに悟ったことを言い切る。三句切れである。
 四句「常なき色を」は、移ろいやすい花や紅葉の色で、無常を示す。仏語の「色」の意も響いている。
 結句「風にながめて」は、風に散る色を眺めて、の意で、三句に返る倒置である。飛花落葉を縁として悟る縁覚の姿を、景として示している。

えんがく:師によらず、外の縁によってひとり悟る者。独覚
ながむ:物思いにふけりながら見やる
作者
藤原良経
出典
新古今和歌集
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わが心なを晴れやらぬ秋霧に ほのかに見ゆる在曙の月
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