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これやこの憂き世のほかの春ならん
花のとぼそのあけぼのの空

歌の意味
これこそが、憂き世の外にある春なのだろう。蓮の花の扉が開く、明け方の空よ。
鑑賞
巻第二十 釈教歌 1938

詞書「蓮華初開楽」
 極楽の十楽を詠む一連の二首目である。蓮の花の扉が開く明け方の空を見て、これこそが憂き世の外の春なのだろうと感嘆する歌である。詞書は、十楽のうちの蓮華初開楽を題とする。
 極楽に往生して、蓮の花が初めて開き仏を仰ぐ喜びを、明け方の春の空として描いている。
 作者名は原文になく、前歌に続いて寂蓮法師の歌である。寂蓮法師は、俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥で、その養子となった。出家後も歌人として活躍し、『新古今和歌集』の撰者に任じられたが、完成を見ずに没した。
 蓮華初開楽は、極楽に往生した者が蓮の花の中に生まれ、その花が初めて開いて仏や浄土の荘厳を見る楽しみである。

 初句「これやこの」は、これがあの、と眼前のものに感嘆する言い方である。
 二句「憂き世のほかの」は、憂き世を離れた外の世界、すなわち極楽を指す。前歌の「憂き世をはらふ」を受け、払われた憂き世の外へと場面が移る。
 三句「春ならん」は、係助詞「や」を受けて連体形「ん」で結ぶ係り結びで、三句切れである。
 四句「花のとぼその」は、蓮の花を扉にたとえたもので、蓮華が開くことを扉が開くことに見立てている。
 結句「あけぼのの空」の「あけ」は、夜が「明け」る意と、扉を「開け」る意を掛ける掛詞である。体言止めで、極楽の最初の朝を示す。

とぼそ:扉。戸
あけぼの:夜が「明け」る意と、扉を「開け」る意を掛ける
作者
寂蓮
出典
新古今和歌集
前の歌
紫の雲路にさそふ琴の音に 憂き世をはらふ峰の松風
次の歌
春秋に限らぬ花に置く露は おくれ先立つ恨みやはある