いづくにもわが法ならぬ法やあると
空吹く風に問へど答へぬ
- 歌の意味
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どこかに、わが仏の法ではない法があるのかと、空を吹く風に問うてみても、答えはない。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1941
詞書「法華経二十八品歌よみ侍りけるに、方便品、唯有一乗法の心を」
慈円の法華経二十八品歌の一連の一首目である。どこかに仏の一乗の法以外の法があるのかと、空を吹く風に問うても答えはないと詠む歌である。詞書によれば、『法華経』二十八品の歌を詠んだ際に、方便品の「唯有一乗法」の趣意を詠んだ歌である。
十方をめぐる風さえ答えないことで、仏の教えはただ一つであるという一乗の真理を、景によって示している。
作者の「前大僧正慈円」は、関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる天台宗の僧である。天台座主を四度務め、歴史書『愚管抄』を著した。
『法華経』二十八品の歌は、『法華経』の各品の趣意を一首ずつ和歌に詠むもので、この一連では品名とともに経文の句を題としている。方便品には「十方仏土の中には、唯一乗の法のみ有り、二無く亦三無し」と説かれ、仏の教えは唯一の一乗に帰すると示される。
初句「いづくにも」は、どこかに、の意で、十方の世界を思わせる広がりをもつ。
二句「わが法ならぬ」の「わが法」は、仏の一乗の法を指し、それ以外の法を問う。
三句「法やあると」は、係助詞「や」による疑問で、字余りである。二句と三句で「法」を重ね、問いの焦点を示す。
四句「空吹く風に」は、十方を吹きめぐる風で、どこをも知る者として問いかけられる。
結句「問へど答へぬ」は、問うても答えない、の意で、答えがないことがそのまま一乗の法以外に法がないことの答えとなっている。
いちじよう:すべての人を等しく仏に導く、唯一の教え
いづく:どこ
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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たちかへり苦しき海に置く網も ふかきえにこそ心ひくらめ
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思ふなよ憂き世の中を出ではてて 宿る奥にも宿はありけり