をしなべて憂き身はさこそなるみ潟
満ち干る潮の変はるのみかは
- 歌の意味
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すべて憂き身というものは、そのように移り変わってゆくのだ。鳴海潟の満ち干する潮だけが変わるのであろうか、いやそうではない。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1945
詞書「水渚常不満といふ心を」
経文の句を題とする諸家の歌の一連の一首目である。鳴海潟の潮が満ち干して変わるように、憂き身もまた定まりなく移り変わると詠む歌である。詞書によれば、「水渚常に満たず」という経文の句の趣意を詠んだ歌である。
満ちてはまた干る潮の姿に、決して満ち足りることのない人の身の定めなさを重ね、無常を嘆く心が表れている。
作者の「崇徳院御歌」は、第七十五代の天皇で、鳥羽天皇の第一皇子である。保元の乱に敗れて讃岐に流され、その地で没した。『詞花和歌集』の撰進を命じた。
鳴海潟は尾張国の歌枕で、現在の名古屋市緑区の辺りにあった干潟である。潮の満ち干とともに詠まれることが多い。
初句「をしなべて」は、すべて一様に、の意である。前歌と同じ初句で始まり、慈円の一連から崇徳院の歌へと、同じ語でつながる配列である。
二句「憂き身はさこそ」は、つらいこの身はそのように、の意で、係助詞「こそ」で強める。
三句「なるみ潟」の「なる」は、そのように「成る」意と、地名「鳴海」を掛ける掛詞である。三句切れで、「こそ」の結びは「成る」を含んで流れている。
四句「満ち干る潮の」は、満ちては干る潮で、経文の「常に満たず」を景として示す。
結句「変はるのみかは」は、係助詞「かは」による反語で、潮だけが変わるのであろうか、いや身もまた変わると、潮と身を重ねている。
なる:そのように「成る」意と、地名「鳴海」を掛ける
みちひる:潮が満ちたり干いたりする
- 作者
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崇徳院
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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をしなべて空しき空と思ひしに 藤咲きぬれば紫の雲
- 次の歌
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朝日さす峰のつづきはめぐめども まだ霜深し谷の陰草