深き夜の窓打つ雨に音せぬは
憂き世をのきのしのぶなりけり
- 歌の意味
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夜更けに窓を打つ雨の中で音を立てないのは、憂き世を退いて軒に生える忍ぶ草が、じっと耐え忍んでいるのであった。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1949
詞書「法師品、加刀杖瓦石念仏故応忍の心を」
経文の句を題とする諸家の歌の一連の五首目である。夜更けに窓を打つ雨に音を立てないのは、憂き世を退いた軒の忍ぶ草が耐え忍んでいるのだと詠む歌である。詞書によれば、『法華経』法師品の「加刀杖瓦石、念仏故応忍」(刀杖瓦石を加ふとも、仏を念ずるが故に応に忍ぶべし)の趣意を詠んだ歌である。
法を説く者が迫害を受けても仏を念じて耐え忍ぶべきだという教えを、雨に打たれても声を立てない軒の忍ぶ草に託している。
作者の「寂蓮法師」は、俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥で、その養子となった。出家後も歌人として活躍し、『新古今和歌集』の撰者に任じられたが、完成を見ずに没した。
法師品には、『法華経』を説く者が、人から悪口を言われ、刀や杖、瓦や石で打たれても、仏を念じて忍ぶべきことが説かれる。
二句の「窓打つ雨」は、『白氏文集』の「上陽白髪人」の「蕭蕭たる暗き雨の窓を打つ声」に見える句による。
初句「深き夜の」は、夜更けで、ひとり籠もる者の孤独な時を示す。
二句「窓打つ雨に」は、窓に打ちつける雨で、経文の「刀杖瓦石」の迫害を、打ちつける雨に移している。
三句「音せぬは」は、音を立てないのは、の意で、打たれても声を立てずに耐える姿を示す。
四句「憂き世をのきの」の「のき」は、憂き世を「退き」の意と、家の「軒」を掛ける掛詞である。
結句「しのぶなりけり」の「しのぶ」は、軒に生える「忍ぶ草」と、耐え「忍ぶ」意を掛ける掛詞である。気づきの「けり」で、音を立てないものの正体を明かして結ぶ。
のき:憂き世を「退き」の意と、家の「軒」を掛ける
しのぶ:軒などに生える「忍ぶ草」と、耐え「忍ぶ」意を掛ける
- 作者
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寂蓮
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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さらずとていく世もあらじいざやさは 法にかへつる命と思はん
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いにしへの鹿鳴く野辺の庵にも 心の月は曇らざりけん