いにしへの鹿鳴く野辺の庵にも
心の月は曇らざりけん
- 歌の意味
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昔、鹿の鳴く野辺の庵にいたときにも、その心の月は曇っていなかったのだろう。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1950
詞書「五百弟子品、内秘菩薩行の心を」
経文の句を題とする諸家の歌の一連の六首目で、この一連の結びの歌である。昔、鹿の鳴く野辺の庵にいたときにも、心の月は曇っていなかったのだろうと詠む歌である。詞書によれば、『法華経』五百弟子受記品の「内秘菩薩行」(内に菩薩の行を秘す)の趣意を詠んだ歌である。
外には声聞の姿をとりながら、内には菩薩の行を秘めていた仏弟子の心を、野辺の庵にも曇らずに照る月として讃えている。
作者の「前大僧正慈円」は、関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる天台宗の僧である。天台座主を四度務め、歴史書『愚管抄』を著した。
五百弟子受記品には、仏弟子の富楼那について、内には菩薩の行を秘し、外には声聞の姿を現していると説かれる。「鹿鳴く野辺」は、釈迦が悟りの後に初めて教えを説いた鹿野苑を思わせる。
初句「いにしへの」は、遠い昔、すなわち釈迦在世の時を指す。
二句「鹿鳴く野辺の」は、鹿の鳴く野で、釈迦が初めて教えを説いた鹿野苑を和歌の景に移している。次の第千九百五十六首にも鳴く鹿が詠まれている。
三句「庵にも」は、野辺の粗末な庵にあっても、の意で、声聞の姿で修行していたことを示す。
四句「心の月は」は、心の本性を月にたとえた語で、内に秘めた菩薩の行を表す。本巻の第千九百三十四首が霧にかすむ心の月を詠むのに対し、この歌の心の月は曇りがない。
結句「曇らざりけん」は、過去推量の「けん」で、曇っていなかったのだろう、と昔を推し量って結ぶ。
いほり:草木で造った粗末な小屋
しやうもん:仏の教えを聞いて悟りを目指す弟子。声聞と書く
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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深き夜の窓打つ雨に音せぬは 憂き世をのきのしのぶなりけり
- 次の歌
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道のべの蛍ばかりをしるべにて ひとりぞ出づる夕闇の空