道のべの蛍ばかりをしるべにて
ひとりぞ出づる夕闇の空
- 歌の意味
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道端の蛍の光だけを道しるべにして、ひとりで出てゆく夕闇の空よ。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1951
詞書「人々すすめて法文百首歌よみ侍りけるに、二乗但空智如蛍火」
寂然らの法文百首の一連の一首目である。道端の蛍の光だけを頼りに、ひとり夕闇の中へ出てゆくと詠む歌である。詞書によれば、人々に勧められて法文百首を詠んだ際に、「二乗の但空の智は蛍火の如し」という句の趣意を詠んだ歌である。
空だけを悟る二乗の智は、蛍の光のようにかすかで、自らひとりを照らすにすぎないという教えを、夕闇の道を行く者の心細さとして描いている。
作者の「寂然法師」は、俗名を藤原頼業といい、藤原為忠の子である。兄の寂念、寂超とともに大原に隠棲し、大原三寂と呼ばれた。西行と親しく交わった。
法文百首は、経論の句を題として百首を詠むもので、寂然が人々に勧められて詠んだ百首が知られる。二乗は声聞と縁覚をいい、但空の智は、ただ空の一面だけを悟る智慧である。
初句「道のべの」は、道のほとりで、修行の道を思わせる。
二句「蛍ばかりを」は、句の「蛍火」をそのまま景に移したもので、副助詞「ばかり」で頼りの光がそれしかないことを示す。
三句「しるべにて」は、道しるべとして、の意である。本巻の第千九百二十二首では仏の導きをしるべとしたが、ここでは蛍のかすかな光がしるべとなる。
四句「ひとりぞ出づる」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「出づる」で結ぶ係り結びである。「ひとり」は、他を救わず自らだけ悟る二乗のあり方を示し、第千九百三十五首で縁覚を詠んだ「ひとり」とも通じる。
結句「夕闇の空」は、体言止めで、蛍の光のかすかさを際立たせる暗い空である。
しるべ:道案内。導き
にじよう:声聞と縁覚。二乗と書く
- 作者
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寂然
- 出典
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新古今和歌集
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いにしへの鹿鳴く野辺の庵にも 心の月は曇らざりけん
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雲晴れて空しき空にすみながら 憂き世の中をめぐる月かな