草深き狩場の小野を立ち出でて
友まどはせる鹿ぞ鳴くなる
- 歌の意味
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草の深い狩場の野を出てきて、仲間を見失った鹿が鳴いているのが聞こえる。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1956
詞書「悲鳴呦咽、痛恋本群」
寂然らの法文百首の一連の六首目である。草深い狩場の野を出て、仲間とはぐれた鹿が鳴いているのが聞こえると詠む歌である。詞書によれば、「悲しみ鳴き呦咽して、痛く本の群れを恋ふ」という句の趣意を詠んだ歌である。
群れからはぐれて悲しく鳴く鹿の声に、仏の世界から離れて迷う衆生が、本来の拠り所を恋い慕う心を重ねている。
作者の「素覚法師」は、平安時代後期の僧で、伝は詳らかでない。
本テキストでは詞書の「呦」の字が外字で記されている。
初句「草深き」は、草の生い茂るさまで、迷いの深さを思わせる。
二句「狩場の小野を」は、狩りの行われる野で、命を脅かされる危うい場所を示し、衆生の生きる世の危うさを重ねている。
三句「立ち出でて」は、野を出てきて、の意で、群れから離れたことを示す。
四句「友まどはせる」は、仲間を見失った、の意で、経文の「本の群れを恋ふ」を景として示している。
結句「鹿ぞ鳴くなる」は、係助詞「ぞ」を受けて、伝聞推定の「なり」の連体形「なる」で結ぶ係り結びで、鳴く声が聞こえてくるという聴覚の表現である。本巻の第千九百五十首の「鹿鳴く野辺」とも、鳴く鹿の景で響き合う。
をの:野。「を」は接頭語
まどはす:見失う。行方をわからなくする
- 作者
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素覚
- 出典
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新古今和歌集
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今日過ぎぬ命もしかと驚かす 入相の鐘の声ぞ悲しき
- 次の歌
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背かずはいづれの世にかめぐり逢ひて 思ひけりとも人に知られん