渡すべき数も限らぬ橋柱
いかにたてける誓ひなるらん
- 歌の意味
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渡すべき人の数にも限りがない橋の柱を、どのように立てた誓いなのであろうか。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1966
詞書「待賢門院中納言、人々にすすめて二十八品歌よませ侍りけるに、序品、広度諸衆生、其数無有量の心を」
経文の句や法会にちなむ諸家の歌の一連の二首目である。渡すべき人の数に限りのない橋柱を、仏はどのようにして立てた誓いなのかと詠む歌である。詞書によれば、待賢門院中納言が人々に勧めて『法華経』二十八品の歌を詠ませた際に、序品の「広く諸の衆生を度すること、其の数量有ること無し」の趣意を詠んだ歌である。
衆生を迷いの此岸から悟りの彼岸へ渡す仏の救いを、橋にたとえ、限りない衆生を救おうとする誓いの広大さに感嘆している。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は、藤原俊忠の子で、『千載和歌集』を撰進した歌人である。出家して釈阿と号し、藤原定家の父にあたる。
待賢門院中納言は、鳥羽天皇の中宮待賢門院に仕えた女房である。序品には、仏が数えきれないほど多くの衆生を広く救ったことが説かれる。
初句「渡すべき」は、彼岸へ渡すべき、の意で、衆生を救うことを橋で渡すことにたとえている。
二句「数も限らぬ」は、経文の「其の数量有ること無し」を移したもので、救うべき衆生の限りなさを示す。
三句「橋柱」は、橋を支える柱で、仏の救いを支える誓いのたとえである。三句切れである。
四句「いかにたてける」の「たて」は、橋柱を「立て」る意と、誓いを「立て」る意を掛ける掛詞である。
結句「誓ひなるらん」は、推量の「らん」で、どのような誓いであろうかと感嘆をこめて結ぶ。「渡す」「橋柱」「立て」は縁語である。
わたす:向こう岸へ渡す。衆生を彼岸へ救い導く
はしばしら:橋を支える柱
たつ:橋柱を「立つ」意と、誓いを「立つ」意を掛ける
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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憂きをなを昔のゆへと思はずは いかにこの世を恨みはてまし
- 次の歌
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今ぞこれ入日を見ても思ひこし 弥陀の御国の夕暮の空