- 歌の意味
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宝珠を掛けておいた衣の裏を返してみて初めて、自分の愚かだった心を知るのである。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1971
詞書「五百弟子品の心を」
経文の句や法会にちなむ諸家の歌の一連の七首目である。宝珠を縫い付けた衣の裏を返して初めて、自らの愚かな心を知ると詠む歌である。詞書によれば、『法華経』五百弟子受記品の趣意を詠んだ歌である。
すでに仏性という宝を身に備えていながら、それに気づかずに迷っていた愚かさを、仏の教えによって初めて悟るという心を表している。
作者の「僧都源信」は、平安時代中期の天台宗の僧で、比叡山横川の恵心院に住んだことから恵心僧都と称された。『往生要集』を著して、浄土教の広まりに大きな影響を与えた。
五百弟子受記品には、衣裏繋珠の譬えが説かれる。親友の家で酒に酔って寝た男の衣の裏に、親友が無価の宝珠を縫い付けて旅立ったが、男は気づかずに貧しく暮らし、のちに再会した親友から教えられて初めて宝珠に気づいたという話で、衆生が本来仏となる素質を備えていることにたとえる。
初句「玉かけし」は、宝珠を掛けておいた、の意で、過去の「き」の連体形が用いられる。衣裏繋珠の譬えの宝珠を示す。
二句「衣の裏を」は、宝珠が縫い付けられていた衣の裏で、気づかずにいた仏性のありかを示す。
三句「返してぞ」は、裏を返してみて、の意で、係助詞「ぞ」で強める。教えによって初めて気づく転機を示す。
四句「愚かなりける」は、気づきの「けり」の連体形で、愚かだったのだと改めて気づく心を示す。
結句「心をば知る」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「知る」で結ぶ係り結びである。本巻の第千九百五十首も同じ五百弟子品を題とし、外に声聞の姿を現す弟子の曇らぬ心を詠むのに対し、この歌は宝を持ちながら気づかない凡夫の心を詠む。
たま:宝石。ここでは宝珠
えりけいじゆ:衣の裏に宝珠を縫い付けた譬え。衣裏繋珠と書く
- 作者
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源信
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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逢ふことをいづくにとてか契るべき 憂き身の行かん方を知らねば
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夢や夢うつつや夢とわかぬかな いかなる世にか覚めんとすらん