今日はいとど涙にくれぬ西の山
思ひいり日の影をながめて
- 歌の意味
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今日はいっそう涙に暮れてしまった。西の山に沈む入日の光を、深く思い入って眺めながら。
- 鑑賞
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巻第二十 釈教歌 1974
詞書「返し」
西方を思う贈答と月の歌の一連の二首目で、前歌への返歌である。釈迦入滅の今日は、西の山に沈む入日を深く思い入って眺め、いっそう涙に暮れたと詠む歌である。詞書は「返し」で、相模から贈られた前歌に答えたものである。
相模の問いに対し、西を思いやるどころか、入日を眺めて涙に暮れるほど深く仏を思っていると答え、入滅を悲しむ心を表している。
作者の「伊勢大輔」は、平安時代中期の女房歌人で、大中臣輔親の娘である。上東門院彰子に仕えた。
初句「今日はいとど」は、今日はいっそう、の意で、贈歌の「常よりも」「今日」を受けている。
二句「涙にくれぬ」の「くれ」は、涙に「暮れ」る意と、日が「暮れ」る意を掛ける掛詞である。完了の「ぬ」で言い切り、二句切れである。
三句「西の山」は、贈歌の「西」を受け、日の沈む西の山を示す。西方浄土への思いが景として置かれている。
四句「思ひいり日の」の「いり」は、深く「思ひ入り」の意と、「入り日」を掛ける掛詞である。
結句「影をながめて」は、入日の光を眺めて、の意で、二句に返る倒置である。贈歌の「煙」に対し、返歌は「入り日」で応じ、ともに西を望む心を交わしている。
くる:涙に「暮る」意と、日が「暮る」意を掛ける
いり:深く「思ひ入り」の意と、「入り日」を掛ける
- 作者
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伊勢大輔
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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常よりも今日の煙のたよりにや 西をはるかに思ひやるらん
- 次の歌
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西へ行くしるべと思ふ月影の そらだのめこそかひなかりけれ