雲居にも通ふ心の後れねば
別ると人に見ゆばかりなり
- 歌の意味
-
はるかな空の果てまでも通っていく私の心は、あなたに遅れずついて行くので、別れるというのは、ただ人目にそう見えるだけのことなのだ。
- 鑑賞
-
巻第八 離別歌 378
詞書「相知りて侍りける人の東の方へまかりけるを送るとて詠める」
東国へ下る知人を見送る際、心はどこまでもついて行くのだから、別れるといっても他人の目にそう見えるだけだと詠んだ歌である。身の別れを心の同行で打ち消す理知的な発想で、別れの悲しみを相手への励ましに変えている。
作者の「ふかやふ」は清原深養父である。清少納言の曾祖父にあたり、琴の名手としても知られた。
初句「雲居にも」は、「雲居」が遠い空、はるかな所の意で、係助詞「も」でその遠さを強調する。第三百六十七首「限りなき雲居のよそに別るとも」と「雲居」の語を共有し、同じく心が相手から離れないことを詠む。
二句「通ふ心の」は、心が相手のもとへ行き来することをいい、主格の「の」で三句へ続く。
三句「後れねば」は、打消の「ね」に「ば」がついた確定条件で、遅れずについて行くのでと理由を示す。本巻の第三百七十三首「心を君にたぐへてぞやる」と同じく、心の同行を詠む。
四句「別ると人に」は、「人」が他人、世間の人を指し、別れは外から見た姿にすぎないことを示す。
結句「見ゆばかりなり」は、限定の「ばかり」と断定の「なり」で、見えるだけのことだと言い切る。
くもゐ:空、遠く離れた所
おくる:後に残る、遅れる
- 作者
-
清原深養父
- 出典
-
古今和歌集
- 前の歌
-
えぞ知らぬ今試みよ命あらば 我や忘るる人や訪はぬと
- 次の歌
-
白雲のこなたかなたにたち別れ 心を幣と砕く旅かな