かへる山何ぞはありてあるかひは
来てもとまらぬ名にこそありけれ
- 歌の意味
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かへる山は何のためにあるのか、そのあるかいは、都に来てもとどまらずにまた帰って行くという、その名のためにこそあったのだなあ。
- 鑑賞
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巻第八 離別歌 382
詞書「相知れりける人の越の国にまかりて、年経て京にまうで来て、又帰りける時に詠める」
越の国に下っていた知人が、年を経て都に上って来たものの、また越へ帰って行く時に詠んだ歌である。かへる山は都に帰る望みを託す名と思っていたが、実は来てもとどまらずに帰ってしまうという名だったのだと、地名の意味を逆手にとって別れを嘆いている。
作者の「凡河内みつね」は凡河内躬恒である。『古今和歌集』の撰者の一人で、紀貫之と並び称された。
初句「かへる山」は、越前国の鹿蒜山に「帰る」を掛ける掛詞である。本巻の第三百七十首も「かへる山」で始まり、そちらが帰る望みを名に託すのに対し、この歌は同じ名を帰って行ってしまう意に読み替え、反転した構図をなす。
二句「何ぞはありて」は、疑問の「何ぞ」に係助詞「は」が加わり、何のためにあるのかと問いかける。
三句「あるかひは」は、「かひ」が甲斐と、山の縁語である「峡」を掛ける掛詞である。
四句「来てもとまらぬ」は、都に来てもとどまらない意で、「かへる」の名を別の意味で成り立たせる。
結句「名にこそありけれ」は、係助詞「こそ」と已然形「けれ」の係り結びで、気づきの「けり」によって名の本当の意味を悟った驚きを示す。本巻の第三百九十首も同じ結句「名にこそありけれ」をもち、名が現実と食い違うことを嘆く点で対応する。
かへるやま:越前国の山の名である鹿蒜山と「帰る」を掛ける
かひ:甲斐と、山と山の間を指す峡を掛ける
まうでく:都へ参上する、やって来る
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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古今和歌集
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別れてふことは色にもあらなくに 心にしみてわびしかるらむ
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