ことならば君とまるべくにほはなむ
帰すは花の憂きにやはあらぬ
- 歌の意味
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同じことなら、あなたがとどまるように美しく咲き匂ってほしい。あなたを帰してしまうのは、花にとってもつらいことではないだろうか。
- 鑑賞
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巻第八 離別歌 395
詞書は前の歌に続き「雲林院の親王の舎利会に山に登りて帰りけるに、桜の花のもとにて詠める」
前歌と同じく、雲林院の親王の舎利会から帰る途中、桜の下で詠まれた歌である。どうせ咲くなら人がとどまるほど美しく咲いてほしい、人を帰してしまうのは花にとっても残念なことだろうと、花に語りかけて人を引きとめさせようとしている。
作者の「幽仙法師」は、比叡山延暦寺の僧である。
初句「ことならば」は、同じことならの意で、どうせ咲くならという気持ちを示す。本巻の第四百二首「かきくらしことは降らなむ」の「ことは」と同じ趣の語を共有する。
二句「君とまるべく」は、「べく」が〜するようにの意で、花が匂う目的を示す。
三句「にほはなむ」は、「にほふ」が色美しく咲き映える意で、願望の「なむ」で咲き匂ってほしいと願う。ここで句切れとなる三句切れである。前歌の三句「乱れなむ」と同じく三句で願望を述べて切る構成を共有し、散る花と咲き匂う花の対をなす。
四句「帰すは花の」は、人を帰してしまうことは花にとっての、と主体を花に移す。
結句「憂きにやはあらぬ」は、反語の「やは」で、つらいことではないだろうか、つらいはずだと訴える。
にほふ:色美しく照り映える
- 作者
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幽仙
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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山風に桜吹きまき乱れなむ 花のまぎれに立ちとまるべく
- 次の歌
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飽かずして別るる涙滝にそふ 水まさるとや下は見るらむ