古典和歌stream

結ぶ手の雫に濁る山の井の
飽かでも人に別れぬるかな

歌の意味
すくう手のしずくで濁ってしまう山の清水は、満足に飲むこともできない。そのように、心ゆくまで語り合えないまま、あなたと別れてしまったことだ。
鑑賞
巻第八 離別歌 404

詞書「志賀の山越えにて、石井のもとにてもの言ひける人の別れける折に詠める」
 志賀の山越えの途中、岩間の清水のほとりで言葉を交わした人と別れる時に詠まれた歌である。手ですくう雫でたちまち濁る浅い山の清水を、満足に飲めない、名残が尽きないことの比喩として、心ゆくまで語り合えないまま別れた惜しさを表している。
 作者の「つらゆき」は紀貫之である。『古今和歌集』の撰者の一人で、仮名序を書いた。
 この歌は、後に藤原俊成が『古来風体抄』で、歌の本体とすべきものとして高く評価したことで知られる。

 初句「結ぶ手の」は、「結ぶ」が両手を合わせて水をすくう意である。上の三句は、四句の「飽かで」を導く序詞となっている。
 二句「雫に濁る」は、すくう手から落ちる雫で濁ってしまうほど、山の清水が浅いことを示す。
 三句「山の井の」は、山中の湧き水の意で、ここまでの序詞が、満足に飲めないことから「飽かで」へとつながる。
 四句「飽かでも人に」は、打消の接続助詞「で」で、満ち足りないままの意となる。本巻の第三百七十四首「飽かず別るる」、第三百九十六首と第四百首の「飽かずして別るる」と同じく、飽かぬ別れを詠む語を共有する。
 結句「別れぬるかな」は、完了の「ぬる」と詠嘆の「かな」で、別れてしまったことを深く嘆いて結ぶ。

むすぶ:両手を合わせて水をすくう
やまのゐ:山中の湧き水、清水
いしゐ:岩の間から湧く清水
作者
紀貫之
出典
古今和歌集
前の歌
強ひて行く人をとどめむ桜花 いづれを道と惑ふまで散れ
次の歌
下の帯の道はかたがた別るとも 行きめぐりても逢はむとぞ思ふ