わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと
人には告げよ海人の釣舟
- 歌の意味
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広い海原を、数多くの島々を目指して漕ぎ出していったと、都の人には告げてくれ、漁師の釣り舟よ。
- 鑑賞
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巻第九 羈旅歌 407
詞書「隠岐の国に流されける時に舟に乗りて出で立つとて、京なる人のもとに遣はしける」
流罪となって隠岐へ船出する際、都に残る人のもとへ送った歌である。大海原へ漕ぎ出していく自らの姿を、近くにいる漁師の釣り舟への伝言として託しており、悲しみを抑えた張りのある調べで詠まれている。
詞書から、篁が隠岐へ流される折、出航にあたって都の人に贈った歌であるとわかる。篁は遣唐副使に任じられながら、大使藤原常嗣との確執から病と称して乗船を拒み、嵯峨上皇の怒りに触れて隠岐へ流された。
前歌の第四百六首が海の彼方の異国から故郷を思う歌であるのに対し、本歌は都から海の彼方へと遠ざけられる者の歌であり、いずれも遣唐使に関わる人物の海の歌として並べられている。小倉百人一首にも採られている。
作者の「小野たかむらの朝臣」は小野篁である。平安時代前期の公卿、漢詩人で、のちに許されて都に戻り、参議に至った。才学に優れる一方、奔放な振る舞いから「野狂」とも呼ばれた。
初句「わたの原」は広々とした海原のことである。前歌の初句「天の原」と対をなし、空の広がりから海の広がりへと視野が移っている。
二句「八十島かけて」の「八十島」は数多くの島々、「かけて」は目指して、の意である。隠岐へ向かう航路の遥かさを示している。
三句「漕ぎ出でぬと」の「ぬ」は完了の助動詞で、すでに漕ぎ出してしまったと告げる形をとる。
四句「人には告げよ」は都に残る人への伝言を託す命令形で、ここで句切れとなる。「人」は特定の親しい人とも都の人々一般とも解される。
結句「海人の釣舟」は呼びかけで、体言止めとなっている。言葉を持たない釣り舟に伝言を頼むところに、誰にも託せない孤独がにじんでいる。
わたのはら:広々とした海、海原
やそしま:数多くの島々
あま:海で漁をする人、漁師
- 作者
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小野篁
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも
- 次の歌
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都出でて今日みかの原泉川 川風寒し衣かせ山