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唐衣着つつなれにしつましあれば
はるばるきぬる旅をしぞ思ふ

歌の意味
唐衣を着続けて身になじむように、慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばるやって来たこの旅を、しみじみと思うことだ。
鑑賞
巻第九 羈旅歌 410

詞書「東の方へ友とする人ひとりふたり誘ひて行きけり、三河の国八橋といふ所に至れりけるに、その川のほとりにかきつばたいとおもしろく咲けりけるを見て、木の陰に下りゐて、かきつばたといふ五文字を句の頭に据ゑて旅の心をよまむとてよめる」
 都に残してきた妻を思い、遠くまで来てしまった旅の身をしみじみと思う歌である。各句の頭に「か」「き」「つ」「は」「た」を置く折句でありながら、掛詞と縁語を重ねた技巧が旅情を損なうことなく、深い望郷の思いを伝えている。
 詞書によれば、業平は友と連れ立って東国へ下る途中、三河国八橋で川辺に美しく咲くかきつばたを見て、木陰に腰を下ろし、この花の名を句の頭に置いて旅の心を詠んだ。「伊勢物語」第九段の東下りの場面としても知られ、一行が乾飯の上に涙を落としたと語られる。
 作者の在原業平は、平城天皇の皇子阿保親王の子で、母は桓武天皇の皇女伊都内親王である。六歌仙、三十六歌仙の一人で、「伊勢物語」の主人公に擬せられる。

 初句「唐衣」は「着る」を導く枕詞で、「着」「なれ」「つま」「はる」と衣に関わる縁語を連ねる起点となる。折句の「か」がここに置かれている。
 二句「着つつなれにし」は、衣を着続けて柔らかくなる意の「萎れ」と、人に慣れ親しむ意の「馴れ」を掛ける。初句からここまでが「つま」を導く序詞となっている。折句の「き」にあたる。
 三句「つましあれば」の「つま」は、衣の「褄」と「妻」を掛ける掛詞で、「し」は強意の副助詞である。「あれば」は確定条件で、妻がいるので、の意となる。折句の「つ」にあたる。
 四句「はるばるきぬる」の「はるばる」は「遥々」と、衣を洗い張りする「張る」を掛け、「き」は「来」と「着」を掛ける。いずれも衣の縁語となっている。折句の「は」にあたる。
 結句「旅をしぞ思ふ」は係助詞「ぞ」と連体形「思ふ」による係り結びで、折句の「た」にあたる。前歌の第四百九首と同じく「をしぞ思ふ」で結ばれ、見送る舟を思う歌から、自らの旅を思う歌へと移っている。

からころも:唐風の美しい衣、「着る」などを導く枕詞
なる:衣が着古されて柔らかくなる意の「萎る」と、人に慣れ親しむ意の「馴る」を掛ける
つま:衣の「褄」と「妻」を掛ける
はるばる:「遥々」と、衣を洗い張りする意の「張る」を掛ける
く:「来」と、「着る」の連用形「き」を掛ける
かれいひ:干した飯、旅の携帯食
作者
在原業平
出典
古今和歌集
前の歌
ほのはのとあかしの浦の朝霧に 島隠れ行く舟をしぞ思ふ
次の歌
名にし負はばいざこと問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと