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狩り暮らし棚機つ女に宿借らむ
天の河原に我は来にけり

歌の意味
日が暮れるまで狩りをして過ごした。今夜は織姫に宿を借りることにしよう。天の河原に、私はやって来たのだから。
鑑賞
巻第九 羈旅歌 418

詞書「惟喬親王の供に狩りにまかりける時に、天の河といふ所の川のほとりに下りゐて酒など飲みけるついでに、親王の言ひけらく、狩りして天の河原に至るといふ心をよみて杯はさせと言ひければよめる」
 狩りに一日を過ごし、たどり着いた地が「天の河」という名であることから、天上の天の川に見立てて織女に宿を借りようと詠んだ歌である。地名を七夕の伝説に結びつけた機知が、酒宴の座を楽しませている。
 詞書によれば、業平は惟喬親王の供として狩りに出かけ、天の河という川のほとりで酒を飲んでいたところ、親王から「狩りをして天の河原に至る」という趣を詠んでから杯を差せと命じられ、この歌を詠んだ。天の河は河内国交野の川で、「伊勢物語」第八十二段の渚の院の場面にも同じ歌が見える。
 作者の「在原なりひらの朝臣」は在原業平である。平城天皇の皇子阿保親王の子で、母は桓武天皇の皇女伊都内親王である。六歌仙、三十六歌仙の一人で、「伊勢物語」の主人公に擬せられる。

 初句「狩り暮らし」は、日が暮れるまで狩りをして過ごしたことをいう。
 二句「棚機つ女に」は七夕の織女のことで、天の河原という地名から天上の織女へと連想を広げている。
 三句「宿借らむ」の「む」は意志の助動詞で、ここで句切れとなる。
 四句「天の河原に」は、河内国の天の河の河原と、天上の天の川の河原とを重ねた表現である。宿を借りる理由を後から示す倒置となっている。
 結句「我は来にけり」の「けり」は気づきの詠嘆を表し、狩りの果てに天の河原へ来てしまったのだと興じている。次歌の第四百十九首がこの歌に応じる形で置かれ、二首は贈答の一対をなしている。

かりくらす:一日中狩りをして日を暮らす
たなばたつめ:七夕の織女、織姫
作者
在原業平
出典
古今和歌集
前の歌
夕月夜おぼつかなきを玉匣 ふたみの浦はあけてこそ見め
次の歌
一年にひとたび来ます君待てば 宿貸す人もあらじとぞ思ふ