今いくか春しなければうぐひすも
ものはながめて思ふべらなり
- 歌の意味
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あと幾日も春は残っていないので、鶯もぼんやりと物思いにふけって眺め、思い沈んでいるようだ。
- 鑑賞
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巻第十 物名 428
詞書「李の花」
春はもう幾日も残っていないので、鶯も物思いに沈んでぼんやり眺めているようだ、と詠む歌である。三句から四句にかけての「うぐひすもものはな」に題の「すもものはな(李の花)」を詠み込んでいる。去りゆく春を惜しむ心を鶯に託したもので、鶯を詠む点で巻頭の第四百二十二首と通い合う。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を執筆した。『土佐日記』の作者としても知られる。
初句「今いくか」は、あと幾日か、の意で、春の残りが少ないことを示す。
二句「春しなければ」の「し」は強意の副助詞で、春がもう残っていないので、と理由を述べる。
三句「うぐひすも」は、人だけでなく鶯も、の意で、ここから題の「すもも」が始まる。
四句「ものはながめて」は「物は眺めて」で、物思いにふけってぼんやりと見やる、の意である。三句と合わせた「すもものはな」に題が隠されている。
結句「思ふべらなり」の「べらなり」は、〜のようだ、の意の推量表現で、平安初期の歌に多く見られ、貫之が特に好んで用いた。
すもものはな:「うぐひすもものはながめて」にまたがって詠み込まれた題で、李の花をいう
ながむ:物思いにふけりながらぼんやりと見やる
- 作者
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紀貫之
- 出典
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古今和歌集
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かづけども波のなかにはさぐられて 風吹くごとに浮き沈む玉
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あふからもものはなほこそ悲しけれ 別れむことをかねて思へば