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小倉山峰たちならし鳴く鹿の
経にけむ秋を知る人ぞなき

歌の意味
小倉山の峰を行き来して踏みならし、鳴いている鹿が、どれほどの秋を過ごしてきたのか、知る人はいない。
鑑賞
巻第十 物名 439

詞書「朱雀院の女郎花合の時に、女郎花といふ五文字を句の頭に置きて詠める」
 小倉山の峰を行き来して踏みならし鳴く鹿が、どれほどの秋を過ごしてきたか、それを知る人はいない、と詠む歌である。各句の頭に「を」「み」「な」「へ」「し」を一字ずつ置き、「をみなへし」を詠み込む折句の技法を用いている。前の二首が歌の中に題を隠したのに対し、句の頭に題を置く形で、女郎花の一連を結ぶ。詞書の朱雀院の女郎花合は、昌泰元年に宇多上皇が催した歌合で、その折の作であることがわかる。
 作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を執筆した。『土佐日記』の作者としても知られる。

 初句「小倉山」は京都の嵯峨にある山で、頭の「を」が折句の一字目となる。
 二句「峰たちならし」は、峰を行き来して踏みならし、の意で、頭の「み」が二字目となる。
 三句「鳴く鹿の」は、妻を恋うて鳴く秋の鹿をいい、頭の「な」が三字目となる。
 四句「経にけむ秋を」は、過ごしてきたであろう幾度もの秋を、の意で、「けむ」は過去推量を表す。頭の「へ」が四字目となる。
 結句「知る人ぞなき」は「ぞ」を受けて連体形「なき」で結び、知る人はいない、と言い切る。頭の「し」で「をみなへし」の五文字がそろう。

ならす:何度も通って踏み平らにする
ふ:時が過ぎる、年月を過ごす
をりく:各句の頭に物の名などを一字ずつ置いて詠む技法
作者
紀貫之
出典
古今和歌集
前の歌
朝露を分けそほちつつ花見むと 今ぞ野山をみなへしりぬる
次の歌
あきちかうのはなりにけり白露の 置ける草葉も色変はりゆく