あしひきの山辺にをれば白雲の
いかにせよとかはるる時なき
- 歌の意味
-
山のあたりに住んでいると、白雲はいったいどうしろというのか、晴れる時もない。
- 鑑賞
-
巻第十 物名 461
詞書「淀川」
山のあたりに住んでいると、白雲はどうしろというのか、晴れる時もない、と詠む歌である。四句から結句にかけての「よとかは」に題の「淀川」を詠み込んでいる。山里に住む者の、晴れない雲に閉ざされた鬱屈を詠み、白雲の晴れぬさまに心の晴れなさを重ねている。前歌に続いて川の名を題とし、本巻の第四百三十首の、山を離れて漂う雲とは、山にとどまって動かない雲として対照をなす。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を執筆した。『土佐日記』の作者としても知られる。
初句「あしひきの」は「山」にかかる枕詞である。
二句「山辺にをれば」は、山のあたりに住んでいると、の意である。
三句「白雲の」は、白雲が、の意で、主語を示す。
四句「いかにせよとか」は、どうしろというのか、の意で、「か」は疑問の係助詞である。「よとか」から題の語が始まる。
結句「はるる時なき」は「晴るる時なき」で、「か」を受けて連体形で結ぶ。四句と合わせた「よとかは」に題の「淀川」が隠されている。
をり:いる、住む
よどがは:「せよとかはるる」にまたがって詠み込まれた題で、淀川をいう
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
古今和歌集
- 前の歌
-
うばたまのわが黒かみやかはるらむ 鏡の影に降れる白雪
- 次の歌
-
夏草の上は茂れる沼水の ゆくかたのなきわが心かな