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花のなかめに飽くやとて分け行けば
心ぞともに散りぬべらなる

歌の意味
花の中を、目に飽きるほど見られるかと思って分け入って行くと、心も花とともに散ってしまいそうだ。
鑑賞
巻第十 物名 468

詞書「はを初め、るを果てにて、ながめをかけて時の歌詠めと人の言ひければ詠みける」
 花の中を、目に飽きるほど見られるかと分け入って行くと、心も花とともに散ってしまいそうだ、と詠む歌である。詞書によれば、歌の初めを「は」、終わりを「る」とし、「ながめ」の語を詠み込んで季節の歌を詠むように求められた作で、初句と二句にまたがる「なかめ」に「ながめ」を含ませている。本巻の巻末に置かれ、巻頭の第四百二十二首が花の雫に濡れる鶯を詠んだのと呼応して、花に心を寄せる歌で巻を閉じる。
 作者の「僧正聖宝」は醍醐寺を開いた真言宗の僧である。理源大師の号を贈られ、修験道の中興の祖ともされる。

 初句「花のなか」は、花の咲く中を、の意で、歌の頭を求められた条件どおり「は」で始めている。
 二句「目に飽くやとて」は、目に飽きるほど見られるかと思って、の意である。初句の「なか」と合わせた「なかめ」に「ながめ」の語が詠み込まれている。
 三句「分け行けば」は、花の中を分け入って行くと、の意である。
 四句「心ぞともに」は、心も花とともに、の意で、「ぞ」は強意の係助詞である。
 結句「散りぬべらなる」は、散ってしまいそうだ、の意で、「ぞ」を受けて連体形「なる」で結ぶ。歌の終わりを求められた条件どおり「る」で閉じている。

ながめ:物思いにふけって眺めること、また長雨、「花のなかめに」の中に詠み込まれる
作者
聖宝
出典
古今和歌集
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