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郭公鳴くや五月のあやめ草
あやめも知らぬ恋もするかな

歌の意味
ほととぎすが鳴く五月のあやめ草ではないが、物事の筋道もわからなくなるほどの恋をすることだ。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 469

詞書「題しらず」
 ほととぎすの鳴く五月の菖蒲を序として、物の道理もわからなくなるほど夢中な恋を詠んだ歌である。上の句の初夏の季節感あふれる景物が、下の句の「あやめも知らぬ」を同じ音で呼び起こし、分別を失うほどの恋心の激しさへと転じている。古今和歌集の恋歌五巻の冒頭に置かれた歌で、まだ相手と逢ってもいない恋の始まりの惑いを示し、恋部全体の幕開けにふさわしい一首として名高い。

 初句「郭公」は夏を代表する鳥で、恋しさをかきたてる声の鳥とされる。恋歌一の巻頭に夏の景物を置き、夏歌の巻から恋の巻へと季節の余韻を引き継いでいる。本巻の第四百九十九首「山郭公」とも鳥の名を共有している。
 二句「鳴くや五月の」の「や」は詠嘆の間投助詞で、ほととぎすの鳴く五月という季節を印象づける。
 三句「あやめ草」は菖蒲のことで、五月五日の節句に軒に葺いた。初句から三句までが、同じ音で四句の「あやめ」を導く序詞である。
 四句「あやめも知らぬ」の「あやめ」は物事の筋目、道理の意で、草の名の「あやめ」と同じ音を重ねた言葉の遊びになっている。道理もわからないほど心が乱れるさまをいう。
 結句「恋もするかな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。本巻の第四百九十首、第四百九十八首も同じ結句「恋もするかな」で結ばれ、巻の中で響き合っている。

あやめぐさ:菖蒲。端午の節句に軒に葺いたり薬玉にしたりした草
あやめ:物事の筋目、道理。草の名と同じ音を重ねる
さつき:陰暦の五月
作者
よみ人しらず
出典
古今和歌集
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花のなかめに飽くやとて分け行けば 心ぞともに散りぬべらなる
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音にのみきくの白露夜はおきて 昼はおもひにあへず消ぬべし