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山桜霞の間よりほのかにも
見てし人こそ恋しかりけれ

歌の意味
霞の切れ間から山桜がほのかに見えるように、ほんのわずかに見たあの人こそ恋しく思われることだ。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 479

詞書「人の花摘みしける所にまかりて、そこなりける人のもとに、のちに詠みてつかはしける」
 花摘みの場でわずかに見かけた人に、後日贈った歌である。霞の間からかすかにのぞく山桜の美しさを序として、ほのかに見ただけの人がかえって忘れられない心を詠んでいる。春の景物と垣間見の恋を重ねる趣向は前歌と共通し、本巻前半の見ぬ恋、ほのかに見た恋の流れをなしている。
 作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の一人で、仮名序の筆者とされる。土佐守を務め、『土佐日記』を著した。三十六歌仙の一人である。

 初句「山桜」は山に咲く桜で、霞の向こうに見え隠れする春の景を示す。前歌の第四百七十八首の春日野の若草に続き、春の景物で恋の始まりを表している。
 二句「霞の間より」は、霞の切れ間からの意である。
 三句「ほのかにも」は、かすかにの意で、初句からここまでが、ほのかに見えた人を導く序詞の働きをしている。前歌の「はつかに」と対応する語である。
 四句「見てし人こそ」の「てし」は、完了の助動詞「つ」の連用形と過去の助動詞「き」の連体形で、見てしまった人の意となる。「こそ」は係助詞で結句の「けれ」と係り結びをなす。
 結句「恋しかりけれ」の「けれ」は、気づきの詠嘆を表す。わずかに見ただけの人がこれほど恋しいのかという驚きを込めている。

はなつみ:春の野に出て草花を摘む遊び
まかる:出かける。「行く」の謙譲語
作者
紀貫之
出典
古今和歌集
前の歌
春日野の雪間を分けて生ひ出で来る 草のはつかに見えし君はも
次の歌
たよりにもあらぬ思ひのあやしきは 心を人につくるなりけり