逢坂の木綿付け鳥もわがごとく
人や恋しき音のみ泣くらむ
- 歌の意味
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逢坂の関の木綿付け鳥も、私と同じように恋しい人がいるのだろうか。声をあげて鳴いてばかりいるようだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 536
詞書「題しらず」
逢坂の関で鳴く鶏に、恋しさに泣く自分を重ねて問いかける歌である。木綿付け鳥は、世が乱れた時に逢坂の関など四方の関で木綿をつけた鶏を放って祓えをしたという故事に由来する鶏の異名である。「逢ふ」の響きを持つ逢坂で鳴く鳥に、逢えない恋の嘆きを託している。
初句「逢坂の」は近江国の歌枕で、地名に「逢ふ」の意が響く。本巻の第四百七十三首も逢坂を詠み、次歌の第五百三十七首も同じ初句で始まり、二首が並んでいる。
二句「木綿付け鳥も」の「木綿付け鳥」は鶏の異名である。
三句「わがごとく」は、私と同じようにの意で、鳥に自分の心を投影している。本巻の第四百九十九首の「わがごとや」と同じく、鳥の声に恋する自分を重ねる発想である。
四句「人や恋しき」は、恋しい人がいるのだろうかの意で、「や」は係助詞で疑問を表し、連体形「恋しき」と係り結びをなす。
結句「音のみ泣くらむ」は、声をあげて鳴いてばかりいるのだろうの意で、鳥の「鳴く」と人の「泣く」を重ねている。本巻の第五百十四首の「音をのみぞ泣く」とも通じる表現である。
ゆふつけどり:鶏の異名
あふさか:近江国の逢坂の関。「逢ふ」を響かせる歌枕
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の 深き心を人は知らなむ
- 次の歌
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逢坂の関に流るる岩清水 いはで心に思ひこそすれ