- 歌の意味
- 私の心は浮草が表面を覆い茂っている淵だからだろうか。その深い心を知る人がいない。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 538
詞書「題しらず」
浮草に覆われて水の深さが見えない淵に、表面からはうかがい知れない自分の深い恋心をたとえた歌である。表を覆う浮草のために底の深さが知られないように、自分の心の深さも相手に伝わらないと嘆いている。
初句「浮草の」は、水面に浮かんで生える草のことで、心の表面を覆うものとしてたとえられている。
二句「上は茂れる」は、表面は茂っているの意である。
三句「淵なれや」は、淵だからだろうかの意で、「なれや」は疑問を表す。三句で切れる。
四句「深き心を」は、深い心をの意で、淵の深さと恋心の深さを重ねている。本巻の第五百三十五首と同じ句で、深い心が相手に知られない嘆きを共有している。
結句「知る人のなき」は、知る人がいないの意で、連体形で結んで嘆きの余韻を残している。
ふち:川や池の水が深くよどんでいる所
- 作者
- よみ人しらず
- 出典
- 古今和歌集
- 前の歌
- 逢坂の関に流るる岩清水 いはで心に思ひこそすれ
- 次の歌
- うちわびて呼ばはむ声に山彦の 答へぬ山はあらじとぞ思ふ