おろかなる涙ぞ袖に玉はなす
我はせきあへずたぎつ瀬なれば
- 歌の意味
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いい加減な涙だからこそ袖の上で玉になるのだ。私の涙はせき止めることもできない激しい流れなのだから。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 557
詞書「返し」
前歌の清行の贈歌に対する小町の返歌である。袖に玉となって留まる程度の涙などいい加減なものだと切り返し、自分の涙はせき止めることもできない激流だと詠んで、相手の恋心を上回る思いの深さを示している。相手の比喩を受け取りながら、それを逆手にとって誇張する機知に富んだ返しで、小町の才気がよく表れた贈答として知られる。
作者の「こまち」は小野小町である。平安時代前期の歌人で、六歌仙、三十六歌仙の一人に数えられる。
初句「おろかなる」 「おろかなり」は通り一遍である、いい加減であるの意で、相手の涙の浅さを言う。
二句「涙ぞ袖に」 係助詞「ぞ」が三句の「なす」と係り結びをなす。前歌の「袖にたまらぬ」を受け、袖を同じく詠み込んで応じている。
三句「玉はなす」 「玉をなす」は玉となるの意で、前歌の「白玉」を受ける。係り結びにより連体形で結び、ここで句切れとなる。
四句「我はせきあへず」 「せきあふ」はせき止めきれるの意で、打消の「ず」が付き、せき止めきれないとなる。八音の字余りの句である。
結句「たぎつ瀬なれば」 「たぎつ瀬」は水が激しく逆巻いて流れる早瀬のことで、自分の涙の量と激しさを急流にたとえる。確定条件の「ば」で理由を示して結ぶ。
おろかなり:通り一遍である、いい加減である
せきあふ:せき止めきる
たぎつせ:水が激しく流れる早瀬
- 作者
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小野小町
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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包めども袖にたまらぬ白玉は 人を見ぬ目の涙なりけり
- 次の歌
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恋ひわびてうち寝る中に行き通ふ 夢の直路はうつつならなむ