虫のごと声に立てては泣かねども
涙のみこそ下に流るれ
- 歌の意味
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秋の虫のように声を立てて泣きはしないけれど、涙だけは人知れず心の内に流れていることだ。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 581
詞書「題しらず」
秋の虫のように声を上げて泣くことはしないが、涙だけは人に知られず心の内を流れていると詠む歌である。声高に鳴く虫と、声を忍んで泣く自分とを対比し、表に出せない恋の悲しみの深さを表している。本巻ではこのあたりから秋の景物を詠み込む歌が続いている。
作者の「清原ふかやふ」は清原深養父である。平安時代前期から中期の歌人で、清原元輔の祖父、清少納言の曽祖父にあたる。内匠允などを務め、琴の名手としても知られる。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「虫のごと」 「ごと」は「ごとく」と同じく、のようにの意である。秋に声高く鳴く虫を引き合いに出す。前歌の第五百七十八首がほととぎすに自分を重ねたのに対し、ここでは虫と自分とを対比させている。
二句「声に立てては」 声を上げてはの意で、係助詞「は」が打消と呼応する。
三句「泣かねども」 「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形で、逆接の「ども」が付き、泣きはしないけれどの意となる。虫の「鳴く」と自分の「泣く」とが響き合う。
四句「涙のみこそ」 係助詞「こそ」は結句の「流るれ」と係り結びをなす。声は立てずとも涙だけは、と強調する。
結句「下に流るれ」 「下」は表に表れない内側、心の内の意である。「流るれ」は「こそ」の結びの已然形である。本巻の第五百九十一首、第六百七首でも「下に」を用いて表に出ない恋を詠んでおり、同じ語が巻中で繰り返される。
した:表に表れない内側、心の内
- 作者
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清原深養父
- 出典
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古今和歌集
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秋霧の晴るる時なき心には 立ち居のそらも思ほえなくに
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秋なれば山とよむまで鳴く鹿に 我劣らめやひとり寝る夜は