敷妙の枕の下に海はあれど
人をみるめは生ひずぞありける
- 歌の意味
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枕の下には涙の海があるけれど、あの人に逢う機会という海松布は生えないことだ。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 595
詞書「題しらず」
涙で枕の下が海のようになっているのに、その海には人に逢う機会という海松布は生えないと詠む歌である。涙を海にたとえる誇張に、海藻の「海松布」と逢う機会の「見る目」を掛ける技巧を重ね、泣き暮らしても逢うことのかなわない恋の嘆きを機知的に表している。
作者の「とものり」は紀友則である。平安時代前期の歌人で、紀有友の子、紀貫之の従兄弟にあたる。大内記などを務め、古今和歌集の撰者の一人に任じられたが、完成を見ずに没した。三十六歌仙の一人である。
初句「敷妙の」 「敷妙の」は「枕」「床」「袖」などにかかる枕詞である。
二句「枕の下に」 独り寝の枕の下を言う。
三句「海はあれど」 流した涙が枕の下に満ちて海のようになっていることを言い、逆接の「ど」で四句へ続ける。本巻の第五百六十七首の涙が床に満ちて澪標となる歌と同じく、涙を海にたとえる誇張である。
四句「人をみるめは」 「みるめ」は海藻の「海松布」と、人に逢う機会の「見る目」とを掛けた掛詞で、海の縁語でもある。
結句「生ひずぞありける」 係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びである。海はあるのに海松布は生えないと、逢う機会のないことを嘆いて結ぶ。
しきたへの:「枕」「床」「袖」などにかかる枕詞
みるめ:海藻の「海松布」と、人に逢う機会の「見る目」を掛ける
- 作者
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紀友則
- 出典
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古今和歌集
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東路の小夜の中山なかなかに 何しか人を思ひそめけむ
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