わが恋は行方も知らず果てもなし
逢ふを限りと思ふばかりぞ
- 歌の意味
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私の恋は、行き着く先もわからず、終わりもない。ただ逢うことを最後と思うばかりだ。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 611
詞書「題しらず」
自分の恋はどこへ行き着くのかもわからず、終わりもないが、ただ逢うことができればそれで終わりにしてもよいと思うばかりだと詠む歌である。先の見えない恋の不安と、逢うことだけをひたすら願う一途な思いとが率直に表されている。「逢ふを限り」には、逢うことを最終の目標とする意と、逢えれば命が尽きてもよいという意とが読み取られる。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。平安時代前期の歌人で、古今和歌集の撰者の一人。甲斐少目、和泉大掾などの地方官を務めたが、歌才は高く評価された。三十六歌仙の一人である。
初句「わが恋は」 本巻の第五百六十首、第五百九十七首と同じ初句で、自分の恋を主題として示す。
二句「行方も知らず」 行き着く先もわからないの意である。
三句「果てもなし」 終わりもないの意で、ここで句切れとなる。二句と三句とで「も」を重ね、恋の先の見えなさを畳みかけて言う。
四句「逢ふを限りと」 「限り」は最後、限度の意で、逢うことを最後の目標と、の意となる。
結句「思ふばかりぞ」 「ばかり」は限定、「ぞ」は強意の係助詞で、ただそう思うだけだと言い切って結ぶ。
ゆくへ:行き着く先
はて:終わり
かぎり:最後、限度
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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梓弓引けば本末わが方に よるこそまされ恋の心は
- 次の歌
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我のみぞ悲しかりける彦星も 逢はで過ぐせる年しなければ