我のみぞ悲しかりける彦星も
逢はで過ぐせる年しなければ
- 歌の意味
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悲しいのは私だけだったのだ。あの彦星でさえ、恋人に逢わずに過ごした年はないのだから。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 612
詞書「題しらず」
一年に一度しか逢えない彦星でさえ、逢わずに過ごした年はないのだから、本当に悲しいのは一度も逢えない自分だけだと詠む歌である。七夕伝説の彦星を引き合いに出し、年に一度の逢瀬すらかなわない自分の境遇の悲しさを際立たせている。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。平安時代前期の歌人で、古今和歌集の撰者の一人。甲斐少目、和泉大掾などの地方官を務めたが、歌才は高く評価された。三十六歌仙の一人である。
初句「我のみぞ」 「のみ」は限定、「ぞ」は係助詞で二句の「ける」と係り結びをなす。私だけがと強調する。
二句「悲しかりける」 「ける」は「ぞ」の結びの連体形で、気づきの詠嘆を表す。ここで句切れとなる二句切れの歌である。
三句「彦星も」 「彦星」は牽牛星のことで、七夕伝説では年に一度、七月七日の夜に織女星と逢うとされる。「も」はその彦星でさえの意である。
四句「逢はで過ぐせる」 「で」は打消の接続助詞で、逢わないでの意、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
結句「年しなければ」 「し」は強意の副助詞で、そのような年はないのだからと理由を示して結ぶ。前歌の第六百十一首が逢うことだけを願う心を詠んだのを受け、年に一度逢える彦星と比べて逢えない自分を嘆く。
ひこぼし:牽牛星。七夕伝説で年に一度織女星と逢うとされる
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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わが恋は行方も知らず果てもなし 逢ふを限りと思ふばかりぞ
- 次の歌
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今ははや恋ひ死なましを逢ひ見むと 頼めし夢ぞ命なりける