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今ははや恋ひ死なましを逢ひ見むと
頼めし夢ぞ命なりける

歌の意味
今となってはもう恋い死にしてしまっていただろうに、逢おうと期待させてくれた夢が、私の命をつないでいたのだ。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 613

詞書「題しらず」
 本来ならもうとっくに恋い死にしていたはずなのに、逢おうと期待を抱かせてくれた夢があったからこそ命がつながったと詠む歌である。はかない夢が命の支えとなっているという逆説に、報われない恋に生きる者の切なさが表れている。
 作者の「ふかやふ」は清原深養父である。平安時代前期から中期の歌人で、清原元輔の祖父、清少納言の曽祖父にあたる。内匠允などを務め、琴の名手としても知られる。
 なお本文の四句は「たのめし夢そ」とあり、読み仮名の行の「たのめしことそ」と一致しない。ここでは本文の表記に従い「夢」とした。

 初句「今ははや」 今となってはもうの意である。
 二句「恋ひ死なましを」 「まし」は反実仮想の助動詞、「を」は逆接の接続助詞で、恋い死にしてしまっていただろうにの意となる。ここで句切れとなる。
 三句「逢ひ見むと」 「逢ひ見る」は逢って契りを結ぶ意、「む」は意志の助動詞で、逢おうと、の意である。
 四句「頼めし夢ぞ」 「頼む」は下二段活用で、期待させる、あてにさせる意である。「し」は過去の助動詞「き」の連体形。係助詞「ぞ」は結句の「ける」と係り結びをなす。本巻の第五百五十三首の「夢てふものは頼みそめてき」と同じく、夢を頼りとする心を詠む。
 結句「命なりける」 「ける」は「ぞ」の結びの連体形で、気づきの詠嘆を表す。夢こそが命の支えであったと結ぶ。本巻の第六百九首が命にまさって惜しいものを夢の覚めることとしたのと同じく、夢と命を結びつけて詠む。

あひみる:逢って契りを結ぶ
たのむ:(下二段活用で)期待させる、あてにさせる
作者
清原深養父
出典
古今和歌集
前の歌
我のみぞ悲しかりける彦星も 逢はで過ぐせる年しなければ
次の歌
頼めつつ逢はで年ふるいつはりに 懲りぬ心を人は知らなむ