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逢ふことのなぎさにし寄る波なれば
うらみてのみぞ立ち帰りける

歌の意味
逢うことのない渚に寄せる波なので、浦を見るだけで引き返すように、恨みながらむなしく帰ってくるばかりだ。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 626

詞書「題しらず」
 逢えずに帰る自分を、渚に寄せては浦を見るだけで引き返す波にたとえた歌である。「なぎさ」に「無き」、「うらみ」に「浦見」と「恨み」を掛け、寄せては返す波の動きに、逢えずに引き返す恋の悲しさを重ねている。
 作者の「在原元方」は在原棟梁の子で、在原業平の孫にあたる。藤原国経の養子になったとされる。
 「逢ふことの」で始まり、逢えない恋を波にたとえる趣向は次歌にも続き、本巻の第六百七十三首も「逢ふことは」と起こして恋と川の流れを結び付けている。

 初句「逢ふことの」は、逢うことが、の意で、次の「なぎさ」の「無き」に続く。
 二句「なぎさにし寄る」は、無きと渚を掛けた掛詞で、逢うことが無い、の意と、波の寄る渚を重ねる。強意の副助詞「し」を添える。
 三句「波なれば」は、わが身を波にたとえ、波なので、と理由を示す。
 四句「うらみてのみぞ」は、浦見と恨みを掛けた掛詞で、浦を見るだけで、の意と、恨んでばかり、の意を重ねる。係助詞「ぞ」で強調する。「渚」「寄る」「波」「浦」「立ち帰る」は縁語である。
 結句「立ち帰りける」は、波が引き返すことと、自分が帰ることを重ね、詠嘆「けり」の連体形で「ぞ」を結ぶ係り結びである。

なぎさ:逢うことが無きの意と、波打ち際の渚を掛ける
うらみる:浦を見る意と、恨む意を掛ける
たちかへる:波が引き返す意と、人が帰る意を重ねる
作者
在原元方
出典
古今和歌集
前の歌
有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし
次の歌
かねてより風に先立つ波なれや 逢ふことなきにまだきたつらむ