夢路には足も休めず通へども
うつつに一目見しことはあらず
- 歌の意味
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夢の中の通い路では、足を休めることもなく通っているけれど、現実には一目さえも逢ったことがない。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 658
詞書「題しらず」
夢の中では休む間もなく通い続けているのに、現実には一度も逢ったことがないと詠む歌である。夢の中の頻繁な逢瀬と、現実の一目との対比が鮮やかで、夢に頼るほど現実の隔たりが際立つ悲しさを表している。
作者の「こまち」は小野小町である。仁明天皇、文徳天皇のころに宮仕えしたとされ、六歌仙、三十六歌仙の一人である。
前歌で夢路に望みを託したのを受け、本歌では夢では通えても現実では逢えないと結び、小町の夢の歌三首を締めくくっている。
初句「夢路には」は、夢の中の通い路では、の意で、四句の「うつつに」と対をなす。前歌の四句の「夢路」を受ける。
二句「足も休めず」は、足を休めることもなく、の意で、絶え間なく通う様子を示す。
三句「通へども」は、通うけれども、の意で、逆接の「ども」で下へ続く。
四句「うつつに一目」は、現実には一目、の意で、夢での頻繁な通いと、現実の一目を対比させる。
結句「見しことはあらず」は、逢ったことはない、の意で、打消の「ず」で言い切る。
ゆめぢ:夢の中で通う道
うつつ:現実
- 作者
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小野小町
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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限りなき思ひのままに夜も来む 夢路をさへに人はとがめじ
- 次の歌
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思へども人目つつみの高ければ 川と見ながらえこそ渡らね