我が恋を忍びかねてはあしひきの
山橘の色に出でぬべし
- 歌の意味
-
私の恋を隠しきれなくなったなら、山橘の実が赤く色づくように、きっと表に出てしまうだろう。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌三 668
詞書「題しらず」
恋心を隠しきれなくなったら、山橘の実が赤く色づくように、きっと表に出てしまうだろうと詠む歌である。冬に鮮やかな赤い実をつける山橘を、隠しきれずに表れる恋心のたとえとしている。
作者の「とものり」は紀友則である。紀有朋の子で、紀貫之の従兄にあたる。『古今和歌集』の撰者の一人で、三十六歌仙の一人である。
前歌で忍びきれない苦しさを詠んだのに続き、本歌ではついに色に出てしまうと詠んでおり、次歌から恋の評判が立つことを詠む歌群へとつながる配列である。
初句「我が恋を」は、私の恋を、の意である。
二句「忍びかねては」は、隠しきれなくなったなら、の意で、補助動詞「かぬ」が、〜できない、を表す。
三句「あしひきの」は、「山」にかかる枕詞である。
四句「山橘の」は、やぶこうじのことで、冬に赤い実をつけることから「色に出づ」を導く。
結句「色に出でぬべし」は、きっと表に出てしまうだろう、の意で、完了「ぬ」と推量「べし」で確信を表す。
やまたちばな:やぶこうじ、冬に赤い実をつける常緑の小低木
しのびかぬ:こらえきれない、隠しきれない
いろにいづ:思いが顔色や態度に表れる
- 作者
-
紀友則
- 出典
-
古今和歌集
- 前の歌
-
下にのみ恋ふれば苦し玉の緒の 絶えて乱れむ人なとがめそ
- 次の歌
-
おほかたは我が名もみなと漕ぎ出でなむ 世をうみべたにみるめ少なし