君てへば見まれ見ずまれ富士の嶺の
めづらしげなく燃ゆる我が恋
- 歌の意味
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あなたのことと言えば、逢っていても逢っていなくても、富士の嶺が絶えず煙を上げるように、今さら珍しげもなく、いつも燃えている私の恋であることよ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 680
詞書「題しらず」
逢うか逢わないかにかかわらず、いつも変わらず燃え続ける恋を、富士の噴煙にたとえた歌である。当時の富士山は煙を上げており、絶えない「火」を燃やす姿が恋の思いの象徴として和歌に詠まれた。
巻頭の第六百七十七首から続く「見る」の語を、「見まれ見ずまれ」と逢うことと逢わないことの両面から捉え直し、逢瀬の有無を超えた恋の持続を示している。
作者の「ふちはらのたたゆき」は藤原忠行である。平安時代前期の官人で、伝は詳らかでない。
初句「君てへば」の「てへば」は「と言へば」のつづまった形で、あなたのことと言えばの意となる。
二句「見まれ見ずまれ」は、「見もあれ見ずもあれ」のつづまった形で、逢っていても逢っていなくてもの意である。
三句「富士の嶺の」は、噴煙を絶やさない富士山をいい、結句の「燃ゆる」を導く比喩となっている。
四句「めづらしげなく」は、目新しいところもなく、いつものことであるの意で、恋が絶えず続いていることを表す。
結句「燃ゆる我が恋」は、富士の火と恋の思いの「火」を重ね、名詞「恋」で止める体言止めである。
ふじのね:富士山の峰
もゆ:燃える。恋の思いが燃える意にも用いる
- 作者
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藤原忠行
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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石上布留の中道なかなかに 見ずは恋しと思はましやは
- 次の歌
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夢にだに見ゆとは見えじ朝な朝な 我が面影に恥づる身なれば