伊勢の海人の朝な夕なにかづくてふ
みるめに人をあくよしもがな
- 歌の意味
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伊勢の海人が朝に夕に潜って採るという海松布ではないが、逢う機会を重ねて、あの人に飽き足りるすべがあればよいのに。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 683
詞書「題しらず」
伊勢の海人が朝夕に潜って海松布を採るように、繰り返し逢って満ち足りたいと願う歌である。「みるめ」に海藻と逢う機会を掛け、海辺の風物を恋の思いへと転じている。
前歌の「あかずもある」を受け、飽くことのない恋に対して、いっそ飽き足りる方法がほしいと裏返しに願う形になっている。結句「よしもがな」は本巻の第六百九十七首の「逢ふよしもがな」と同じ句形である。
初句「伊勢の海人の」は、伊勢の海で漁をする海人をいい、六音の字余りの句である。
二句「朝な夕なに」は、朝ごとに夕ごとにの意で、繰り返しを表す。
三句「かづくてふ」は、水に潜って採るというの意で、「てふ」は「といふ」のつづまった形である。ここまでが四句の「みるめ」を導く序詞である。
四句「みるめに人を」の「みるめ」は、海藻の海松布と、人に逢う機会の意の「見る目」を掛けた掛詞である。
結句「あくよしもがな」は、飽き足りる方法があればよいのにの意で、願望の終助詞「もがな」で結ぶ。
あま:海に潜って魚介や海藻を採る人
かづく:水に潜る
みるめ:海藻の海松布の意と、人に逢う機会の意の見る目を掛ける
よし:方法、手段
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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石間ゆく水の白波立ち返り かくこそは見めあかずもあるかな
- 次の歌
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春霞たなびく山の桜花 見れどもあかぬ君にもあるかな