かれはてむ後をば知らで夏草の
深くも人の思ほゆるかな
- 歌の意味
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草が枯れ果てるように、やがて離れてしまうだろう後のことも知らずに、夏草が深く茂るように、深くあの人のことが思われることだ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 686
詞書「題しらず」
夏草が深く茂るように深く人を思いながらも、やがて草が枯れるように仲が離れてしまう先行きを予感する歌である。盛りの恋のただ中に終わりの影を見る、醒めた視線がうかがえる。
草の「枯れ」に人の「離れ」を掛ける発想は、本巻の第七百四首の「かれゆく君」、第七百十六首の「かれぬべらなり」にも見られ、恋の衰えを草木の枯れに重ねる趣向として巻の中で繰り返される。
作者の「凡河内みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、甲斐少目、和泉大掾などを務めた。三十六歌仙の一人である。
初句「かれはてむ」は、すっかり枯れてしまうだろうの意で、「かれ」に草の「枯れ」と人が遠ざかる「離れ」を掛けた掛詞である。
二句「後をば知らで」は、その後のことも知らないでの意で、「で」は打消の接続助詞である。
三句「夏草の」は、深く茂る夏草をいい、四句の「深く」を導くとともに、初句の「枯れ」と縁語をなす。
四句「深くも人の」は、夏草の茂りの深さと、人を思う心の深さを重ねている。
結句「思ほゆるかな」は、自然と思われることだの意で、詠嘆の「かな」で結ぶ。
かる:草木が枯れる意と、人が離れて疎遠になる意を掛ける
おもほゆ:自然に思われる
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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心をぞわりなきものと思ひぬる 見るものからや恋しかるべき
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飛鳥川淵は瀬になる世なりとも 思ひ初めてむ人は忘れじ