淀川のよどむと人は見るらめど
流れて深き心あるものを
- 歌の意味
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淀川の名のように、よどんでいると人は見ているだろうが、川が流れて深いように、私には変わらず深い心があるのに。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 721
詞書「題しらず」
淀川の名のとおりよどんでいるように人には見えるだろうが、実は流れの底に深い心を秘めていると訴える歌である。表面は滞っているように見えても、心の奥では変わらぬ思いが流れ続けていることを、川の姿に託している。
前歌の第七百二十首が川のよどみを通いの途絶えにたとえたのに対し、本歌はよどんで見えても心は深いと答えるような形で並べられ、二首は対をなしている。次歌の第七百二十二首も淵と浅瀬によって心の深浅を詠んでいる。
初句「淀川の」は、山城国から摂津国へ流れる淀川をいい、その名から二句の「よどむ」を導く。
二句「よどむと人は」は、よどんでいると人はの意で、通いや思いが滞っているように見えることを示す。
三句「見るらめど」は、見ているだろうがの意で、現在推量の「らむ」の已然形に逆接の「ど」が付いた形である。
四句「流れて深き」は、川が流れて深いことと、長い間変わらず深い心を重ねている。「流れて」には時を経ての意もこめられている。
結句「心あるものを」は、心があるのにの意で、逆接的な詠嘆の「ものを」で結ぶ。前歌の四句「心あるとや」と同じ語を用いて応じている。
よどむ:水の流れが滞る。物事が滞る
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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古今和歌集
- 前の歌
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絶えずゆく飛鳥の川のよどみなば 心あるとや人の思はむ
- 次の歌
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底ひなき淵やは騒ぐ山川の 浅き瀬にこそあだ波は立て