曇り日の影としなれる我なれば
目にこそ見えね身をば離れず
- 歌の意味
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曇りの日の影のように、恋にやつれて目に見えないほどになってしまった私なので、目にこそ見えないが、あなたの身から離れることはない。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 728
詞書「題しらず」
恋にやつれて曇りの日の影のように目に見えないほどになった自分は、それでもあなたの身から離れずにつき添っていると詠んだ歌である。影が身に添うという性質を用い、見えないながらも離れない一途な思いを表している。
前歌の恨み言に続き、相手から離れられない思いを影にたとえて詠んでいる。本巻の第六百八十一首の「我が面影に恥づる身」と同じく、恋にやつれた身の姿が詠まれている。
作者の「しもつけのをむね」は下野雄宗である。平安時代前期の人で、伝は詳らかでない。
初句「曇り日の」は、曇りの日のの意で、影がはっきりと見えないことを示す。
二句「影としなれる」は、影となってしまったの意で、「し」は強意の副助詞、「る」は存続の「り」の連体形である。
三句「我なれば」は、私であるのでの意で、恋にやつれて痩せ細った身を示す。
四句「目にこそ見えね」は、目には見えないがの意で、係助詞「こそ」を打消の「ず」の已然形「ね」で結び、逆接的に下へ続く。
結句「身をば離れず」は、あなたの身から離れないの意で、影が身に添う性質と、離れられない思いを重ねている。
くもりび:曇った日
かげ:物の影。また姿
- 作者
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下野雄宗
- 出典
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古今和歌集
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海人の住む里のしるべにあらなくに うらみむとのみ人の言ふらむ
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色もなき心を人に染めしより 移ろはむとは思ほえなくに